アメリカ旅行記

アメリカ旅行記 ―ニューヨーク編その壱(2002年9月2日)

さて、アメリカ旅行記もニューヨーク編を残すのみとなり、いよいよ終盤。
が、実は旧ホームページで連載していたのは前回までで、
次のニューヨーク編からは完全書き下ろしとなります。
ただ2年半の歳月が経っているので、細かい記憶はすでに忘却の彼方に…。
多少の誇張や妄想が混じってるでしょうが、旅行中の日記や写真を頼りに、
なるべく当時味わった感覚や情景を再現してみたいなと思っております。
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ニューヨークへ」

ミドルタウン最後の朝。
今日からいよいよニューヨーク、期待と緊張感で朝からワクワクするぜ!

って11時半に起きちゃったよ。

Tomoは朝から研究室のバイトがあったのですが、昼休みの間だけ帰ってきた。一緒に昼食(朝食)。
俺は4時過ぎのバスでニューヨークへ向かうのですが、Tomoはバイト抜けられなくて、送迎は無理らしい。
というわけで、ここでお別れ。
固く握手を交わして抱擁し合うという感動の別れ、なんてあるはずもなく
「じゃねー、また来い!」
て感じのあっさりした別れでした。Tomoらしいのう。

時間までネットサーフィンしたり、ニューヨーク一人歩き計画を立てる。
昼過ぎにルークが帰ってきたので、ルークにも別れの挨拶を。
うーん、せっかくルークとの会話にも慣れ、片言ながらいろいろ喋れるようになってきたのに…。
海外旅行ってのはいつも「これから面白くなるぞ!」ってとこで終わってしまうなー。
まあ充実した旅は2週間だろうが1ヶ月だろうが、お腹いっぱいになることはないのだろう。
むしろ腹八分目、「これは次回にとっておこう」っていうような次に来る楽しみを残して去るのが、ベストなのかもしれない。

「ルークもジャパンに来い!」
と捨て台詞を残し、バスターミナルへ向かう。ボストン行きのバスに乗った、あそこだ。
一人で外を歩くのにもだいぶ慣れたもんだ。
最初はすれ違うアメリカ人の視線が気になったり、むやみやたらに辺りを見回してたもんだけど、ボストンを2日間一人歩きしたおかげでずいぶん変わった。
そんなやたらとキョロキョロせずとも、モノが自然と視界に入ってくるようになった。
余裕が出てきたからだろうな。

さて、今回のバスは問題なく発進!
ニューヨークまで3時間近く。旅の疲れがたまってるのか、いつのまにか眠ってしまったZZZ

ZZZ

目を覚まして窓を眺めると、バスは高速道路を突っ走っている。まもなく日没だ。
夕闇に呑み込まれつつある、マンハッタンの高層ビル群が見えてきた。

いよいよニューヨークに突入。
もう日が沈み薄暗くなっているので、窓の外の様子はよくわからない。
セントラルパークを右手に通り過ぎ、そこかしこにゴミが散らばり、チンピラがたむろする不穏な区域をいくつか抜け、バスはミッドタウンと呼ばれるニューヨークの中枢へ。
そのミッドタウンの中心地タイムズ・スクエアに近づくにつれ、窓の外が光に包み込まれていく。

ブロードウェイ!

鮮やかなネオンサインに圧倒されてしまい少し気後れしつつも、テンションは高まる!

バスはタイムズ・スクエアにあるバスターミナルへ。
ニューヨークの宿はタイムズ・スクエアのすぐ傍で、ブロードウェイにも徒歩5分くらい行けるらしい。
とりあえず宿に荷物を置いてからブロードウェイ散策に乗り出すことに決定。
7番街とブロードウェイが交差する三角地帯(=タイムズ・スクウェア)は人、人、人。
これだけだったら渋谷センター街や新宿と変わらない。
しかし、行き交う人々は白人、黒人、ヒスパニック(中南米系)、アジア系…。
さらに分類すればフランス系、イタリア系、スペイン系、東欧系、ユダヤ系、中国系、そして日系…(そこまで識別できないけど)。
ヴェールに身を包んだムスリムの女性も視界に入る。
アメリカ人と一言で言っても、多様な民族と宗教から構成されている。
それを生々しく、強烈に実感した。
人種のるつぼだとか、サラダボウルだとか、多民族社会だとか、ただなんとなく頭で理解していたものが、
タイムズ・スクエアの交差点に立ってみて初めて生の感覚、皮膚感覚に変わった。
頭で理解した記憶はやがて忘れてしまうけど、肌で感じた記憶は皮膚に沁み込んでしまうというか、
死ぬまで消えないだろう。
んでこういった鮮烈な生の記憶によって、知らず知らずのうちに人生の方向性が左右されてしまうのかもしれんね。
自分が今「民族」や「ナショナリズム」について興味を持って研究しているのは、このアメリカ旅行の経験が少なからず作用してるから、なのかもしれない。分からんけど。
その話は後でするとしまして…。

それにしてもすげえ緊張感。
見渡せば多民族、せわしそうに早歩きする人々、視界を埋め尽くす無数のネオンサイン、道路わきにドカッと積み上げられたゴミ袋の山、クラクション鳴らしまくりの車、マックの前で激しく口論している黒人…。
そういった周りの雰囲気全てが、否応ナシに緊張感を高める。気を引き締めざるを得ない。

スキを見せたら後ろから刺されちまうぞ!
って感じだ。
てか東京じゃ気を緩めっぱなしですから。緩みやすい性格だしなー。
やっぱ平和だよ日本は。マッタリしてまっせ。

さてさて宿屋ですが、タイムズ・スクエアの傍とはいえ人気が少ない路地になるんだよなあ。
宿は細長いビルの中にあるのですが、治安が悪いのでしょう、パスワード式のドア。
ここは日本人経営のホテルで、一泊30ドルほど。
2人~4人の相部屋で、まあユースホステルのようなもの。
ブロードウェイやターミナル駅に近く、日本人経営、そして管理もしっかりしてるから、30ドルでも安い方だろう。

俺は2人部屋ということ。日本人男性と相部屋だ。
でも今は外出中らしく、部屋にはだれもいない。
とりあえず荷物を置き、ブロードウェイに行ってみることに。

ネオンサインの嵐!
ありとあらゆる色が飛び込んでくる。
特に目立つのがミュージカル作品の巨大広告や、バドワイザーやパナソニックなどの商業・製品広告。ミュージカル広告のネオンは華やか。レ・ミゼラブル、マンマ・ミーア、アイーダ…。
ネオンに幻惑されたか、観光客の熱気に呑まれたか、妙にハイテンションに。
てか一人だけハイテンションになっててもイマイチなわけでして。友人連れてきて遊び騒ぎたいわー。

img20050311.jpg

が、気づけばもう10時近く!!
ニューヨーク初日に夜歩き、しかも一人歩きはマズイかなと思い、スーパーで食料とドリンク買って帰宅。
部屋に入ると、相方(?)の日本人男性が。
坊主頭のストリート系少年。同い年くらいかな。
ちょうど外出するところらしく、少しだけ言葉を交わす。
彼が帰ってくるまで待ってようか、飯でも食うかと思ったけど、ベッドに横たわったら凄まじい睡魔が!
着の身着のままで爆睡したのでしたZZZ

(画像は使い捨てカメラで撮った写真を、デジカメで写したもの)
img20050311_1.jpgimg20050311_2.jpg

アメリカ旅行記 ―ミドルタウン編Ⅱ(2002年9月1日)

「一期一会」

さてさて、ボストンの旅も終わり昼過ぎにミドルタウン到着。
と同時に、これからボストンで語学研修生活というカネダとはお別れ。
行き違いにならなくてよかった。
Tomoと共にバス停まで見送り、バスが来るまでしばらく雑談。
1年間も語学研修かー、尊敬してしまう。
俺はそれ以前に基礎英語力が足りないぞ。
まあアグレッシブなやつだし、きっとエンジョイしてくるだろう。See you again!

夜から大学でアカペラコンサートがあるらしい、これは是非行かねば!
でもまだしばらく時間があるので大学周辺をぶらぶらする。
アメリカに到着してからこれまでのことを思い返し、整理。
フレディはなぜ50ドルを返してくれたのか、
コネティカットリモの車掌が言ったアメリカンジョークの真意はいったい…、
ルークとアリスの関係はどうなっていくのか、など…

夜。
Tomoはまだ実験中だったため後から合流ということで、ルークと共に大学講堂(多目的ホール?)。
途中、「What kind of music do you like?」みたいな話になる。
ルークはクラシック好きらしくロックやジャズはだめらしい。
アカペラもそんな興味ないと言っていたのだけど、さてどうなることやら…。

さてさて、講堂はすでに学生でいっぱいだ。
大学のあるいは自主的なアカペラサークルのライブで、10組くらい出演。
学生のアカペラライブは学園祭等で結構見るんだけど…、これはレベルが違った!
最初の3組くらいは「まあ普通かな」程度だったんだけど、後半はハイレベルなグループばかり。
白人が多かったのだけど、ある小柄な黒人の女の子の歌唱力が半端じゃなかった。
これは鮮烈に覚えいている。
あと、最後のグループに日本人の男子学生がいて、彼がリーダーとしてグループを引っ張っている、と紹介されていた。先日のウェルカムパーティーで知り合った日本人学生たちもそうだけど、彼らの努力、行動力、バイタリティーには感服です。純粋にかっこいい。
Tomoしかり、カネダにしろ先日会った新入生にしろ、アカペラグループの彼にしろ本当に生き生きしている印象を受ける。

アカペラの曲目は知らないものが多かったけど、個人の歌唱力は高いし、ハーモニーも抜群だし全く飽きませんでしたよ。日本のアカペラグループと比べると、全体のアンサンブルはそれほど違いがないように思うけど、個人の歌唱力がずば抜けて高い。
5番目くらいのグループが歌った、アラニス・モリセットの「uninvited」には感動したなー。

コンサート終了後、Tomoと合流。
「中国人の友達がクラシックギターを持っている」らしいので、弾かせてもらうことに。
アメリカまで来てギターかよ!って感じですが、Tomoのパーカッションを見てるとこっちも楽器弾きたくなるんだよね。
その中国人もTomoと同じ、一軒屋タイプの小型学生寮に住んでいる。
中国人の友人はご機嫌で歓迎してくれてギターを持ってきた。



大学生協の8000円ギターを凌駕している…。
貸してくれた彼には悪いのだけど、俺が判断するに、4000円レベルだ…。
さらに、アメリカ旅行前に右手の爪を切ってしまっていたので、音質がひどすぎる…。
とはいえギターを抱くと、日常の生活感のようなものが蘇ってくる。
自宅にいるような、あるいは部室にいるようないつも慣れ親しんでいる感覚だ。
非日常の中に置かれて新奇な刺激に囲まれているからこそ、この日常感がたまらない。

ジョビンやタンゴ・アン・スカイ等を披露してみる。
4000円の音質と深爪の相乗効果が、絶妙な音色を奏でる。
出そうと思って出せる音じゃないぞこれは。
この謎ギターとこの深爪でしか出せない、神秘の雑音だ。
中国人の彼には誉めてもらえましたが…。

もう9時過ぎ。かなり楽しかったせいか、俺もTomoも妙なハイテンションで帰宅。
学生寮の窓から洩れるほのかな光の中を、大勢の学生たちが笑い声を上げながら帰路に着く。
今夜のアカペラコンサートとウェズリアン学生たちの雰囲気は、忘れられない思い出になりそうだ。

アメリカ旅行記 ―ボストン編その弐(2002年8月31日、9月1日)

「ボストンさすらい」

朝8時起床。早寝早起きでまさに理想の生活。
旅行中のほうが明らかに健康的な気がする…。

洗顔に行くとき、鍵を部屋の中に忘れてしまう致命的なトラブルを起こす。
そしてオートロックじゃないくせになぜかロックされてるし!
まあちゃんと着てたんで恥ずかしい目には合わなかったけど…。速攻でカウンターへ。
結構手間取ってなんとかスペアキーで開けてもらい、9時頃ようやく部屋へ入る。
この旅でのトラブルらしいトラブルはこれが最後。

朝食は宿泊費に入ってるんですな。
ベーグルチーズ(これが美味!)とホットティーをまったり食し、いざボストンの街へ!

まずはYMCAの隣のノースイースタン大学へ。
白を基調としていて、伝統を感じさせるというよりはかなり近代的(フェリス女子大に近い)
夏休み中らしく、入れたのはごく一部の建物だけでした。

次はボストン観光のメインの一つ、ボストン美術館!とにかく広いのなんの。
どこから見りゃいいんだとと嬉しい悲鳴。
古代インド→イスラム→古代中国・朝鮮→古代日本→古代エジプト→古代メソポタミア→ギリシア・ローマ→オセアニア→アフリカ→古代アメリカ(ここまでが1階)。
二階は中国→日本→古代エジプト→ギリシア・ローマ・エトルリア→ヨーロッパ中世→近代ヨーロッパ絵画。
中でもエジプトのミイラ(の入ってた棺)は歴史学科にとっちゃ涙もの。
アフリカ、オセアニア展示に目を釘付けにされる。日本でじゃまず見れないからな。

日本美術も日本でもなかなか見れないものばかり。
こうやって全世界の芸術作品と生で比較しながら日本美術を見たのは初めて。
日本文化は特殊なもんだとか、日本人の感覚は外国人には理解できないとか偏狭な民族主義に陥ってる人が多々いるようですが、子どもじみた傲慢だろう。日本も世界の中の一つにすぎない。
けど、日本人は古来からの日本の芸術にもっと自信、というか誇りを持ってもいいのではと実感(なんか教科書的だけどw)。
そりゃ絢爛豪華さや荘重さで優劣をつけようとするならギリシア・ローマに軍配が上がるわけだ。
そういうもんじゃなくて、各文化の持つ輝きってことでは、日本文化のスペースは独自の色彩を発して輝いてましたよ。
単独展示じゃなく、こうした他の文化と併せた総合展示によって、至近距離での日本文化と異文化の比較が可能になる。
そうすっと単独展示では味わえない、新鮮な感覚を覚えますね。

地下のセルフサービスカフェで昼飯とって(食べすぎた…)、お土産買って2時過ぎ出発。
ホントはもっと見たかったけど、じっくり見てたら一日費やしてしまうっす。

ボストン最大の繁華街、ニューベリーストリートへ。
プラダ、グッチ、ルイ・ヴィトンなどのブランド店、世界各国の料理店、オープンカフェ、バーなんかが立ち並び、オシャレな若者の街の様相。活気で溢れてる。
お年寄りもTシャツ、短パンみたいなかなりラフな格好で、若者に負けじとストリートを闊歩してる。お年寄りって言うのが失礼なくらい、若々しい。

初地下鉄でハーバードへ。
世界最高のハーバード大学!(と昔から刷り込まれていた)。
まさに学園都市で、繁華街のハーバードスクウェアは学生や観光客で溢れ返る。
ハイレベルなストリートミュージシャンの演奏に足を止めつつ、生協のお店でお約束のハーバードTシャツゲッツ!そしてひたすら大学内を歩き回る。
街中にキャンパスが散在しててしかも一つ一つが広いのなんの。
どれがメインキャンパスか分からん。
近代的な様相の中に伝統の重みをヒシヒシと…
まあ「ハーバード」って名前から来るイメージが、自分の中で相当誇張されているのですが…。ただそういう思い込みに見合うだけのインパクトは確かにあった。
大学自体が一大観光地となってて、観光客向けの案内所や飲食店なんかが非常に充実してて面白い。キャンパスツアーも毎日何度も行われているようだ。
キャンパス間はバスで移動。当然学生たちも普段はバスを駆使するんだろうね。圧巻です。

ひたすら歩き回ってもうノドカラカラで疲れましたってことで、夕食タイム。
怪しげなSUSHI屋に惹かれたが、ここは無茶をせず無難に中華料理。麻婆豆腐。
量は多いが味はイマイチ。疲れてたせいもあるのかな、かなり頑張って完食。
今日一日分として用意したお金が尽きそうだったんで、寄り道せず帰路。7時過ぎ。
夜のボストンもまた都会的でいい感じだ。
闇の中にぼうっと浮かび上がった中世ロマネスク様式のトリニティ教会がとても幻想的で目に焼きついている。
8時過ぎにYMCA着。疲労困憊。10時過ぎに就寝。


「さらばボストン」

タオルケット一枚は寒いんじゃ!

…おはようございます。
窓が完全に閉まらないから、すきま風が冷たいのです。
まだ9月1日といえど、朝晩はすでに初秋の空気。
日本の同時期よりもはるかに寒い。日中はまだまだ暑いが。

さて、7時起床。ボストン最終日です。
朝食とって8時半チェックアウト。
バスは11時15分なんで、バスステーションまでの数キロを徒歩で行くことに。途中のいろんな観光名所に立ち寄りつつ…。

まずは昨夜闇の中見たトリニティ教会。
19世紀前半のロマネスク様式を模した建築。
ちょうど日曜の礼拝が始まるところだったんで、聖堂内に入ってみる。
教会なんて初めてで、荘厳な空間、光に輝くステンドグラス、響き渡る賛美歌に半端じゃなく感動して、ちょっと涙が出そうになる。
入り口で歌詞をもらったんで、賛美歌を口ずさんでいたり。
似非キリスト教徒も悪くない。

その後、ボストンコモンっていう大公園を抜けて、コモンの端にある道路に面した墓地へ。
西洋の墓地は初めてだ。入ると大木から2匹のリスが駆け下りてきた。
リスについていきながら墓石を見る。18~19世紀初頭に没した人々の共同墓地らしい。

次はチャイナタウン突入。
道路づたいにごみが散乱し、とても清潔とはいえない。
道端で新聞を読みふけっている中国人労働者の姿がちらほら。
狭い路地の両側に、灰色の建物が所狭しと立ち並ぶ。
空間全体がくすんだ灰色だ。晴天の光も建物に遮られる。
弱弱しい日の光が物悲しさをかきたてる。
明らかにこんなとこ観光客が来る場所じゃない。
しかし、慣れとは怖いもんで普通に歩いてる自分。

チャイナタウンと呼ぶべき繁華街は、こことは別にあるようだ。
それはニューヨークまでとっておこう…
10時にサウスバスステーションに着。チケット買ったらあとは時間までブラブラ。

ボストンは日本の京都のようだとどこかに書いてあった。
確かに、高層ビルの群れや若者向けのブティックやカフェが乱立するオシャレなストリートと、トリニティ教会のような建国当初の古い建造物が混在する街だった。
いい按配に調和のとれた街だと思う。ほどよい。
ただ早朝のチャイナタウンで感じたような、不気味な空気がメインストリートのすぐ傍で息を潜めている。
社会の暗部、と形容するのは偏見じみて大げさかもしれないが、
街を歩き回っていると時折、なんともいえない「違和感」を感じざるをえなかった。
来る前に、ボストンについて色々と調べておくべきだったかな。

とはいえこの街はまた訪れてみたい。
さらば!

アメリカ旅行記 ―ボストン編その壱(2002年8月30日)

「独りボストンへ」

8月30日、いよいよボストン突入の日。
3人でDinerという店で朝食。いわゆるアメリカンブレックファーストってやつですか。
オムレツにポテト、ベーコン。600円くらい。
帰宅後、Tomoは仕事、ルークは外出(勉強orアリスチャン?)、カネダと二人でダラダラ。
なぜかプレスリー聴きながら互いの身の上話など。
昼にTomo帰宅。なんかタイの友達を迎えにいくとかで、近くの雑貨屋へ。
BGMはもちろんスキャットマンだ。

雑貨屋と言うか、総合スーパーですな。無駄にデカイのはさすがアメリカ。
文房具のあたりをうろついてたんだけど、とにかく「セット売り」。
鉛筆20本セットとか、ボールペン7本セットとか、ノート10冊…、そんないらんて…。
昔近所にあったオモチャ屋がプラモを2,3個セット売りにして(割り引かない)、キッズの反感を買っていたのを思い出す。

その後、Tomoは大学、カネダは周辺を散策するとのことで、一人で帰宅。
いよいよ本格的な一人旅の始まり!と期待に胸膨らませながら(嘘、不安だらけ)、ダラダラ身支度。
3時半のボストン行きバスに乗るため3時にTomo邸出立、徒歩10分のバスセンターへ。
コネティカット州ボストンへは、およそ3時間、チケットは29ドル。時間までロビーで待機。
ところが待っても待ってもバスが来ない!ローカルバスはウザイくらい出入りしてるのに。
長い間バスを待ってる人、つまりボストン行く人(と、勝手に解釈)は数人。不安が募る。
突然、前に座ってたU.Kボーイが「どこ行くの?」と聞いてきた。
どうやら彼もボストンに行くようだ。ならば彼についていくことに決定。

4時半、ようやく大型バスが来る。
急ぎ入り口へ走る。

…ん?

ボストン行きはピーターパンバスのはずなのに、なぜかバーモントバス。

Why?と思っていると、ボストン行きはこれに乗りなさいと。むうぅ、まあ乗れと言うんだから乗りましょう。
U.Kボーイら数人と乗り込む。40分後、スプリングフィールドの街で皆降りだす。隣町じゃん、なんで!?とこれは不穏な空気が流れ出す。
尋ねてみると「change the bus」とのこと。チケットをよく見ると、ああ確かにミドルタウン→スプリングフィールド、スプリングフィールド→ボストンの二枚券。

5時半頃ピーターパンバス出発。ふはぁ、これで間違いねえ。まったく、一喜一憂の旅だな。
ボストン着は8時!予定よりだいぶ遅くなってしまった。
バスステーションの入り口にガタイのいいヒップホップ黒人が腰をかけている。
不穏だ。さっさと通り過ぎよう。
すると案の定…、

「Hey Boy!」

早足で無視
フレディに比べれば雑魚である。

入り口付近は工事中であまり人通りがなく、明らかに危険。
急いでタクシー見つけて、予約してるホテルYMCAへ。アメリカ初タクシーです。
料金メーター気にしながら、「うをー、チップはいくらになるんだ」とソワソワ。
10分くらいで到着、8ドルだけどチップ合わせて10ドル払っとく。

YMCAに入る前に近くのマックで夕飯購入。夕飯マックって…ありえんねよね。
でも夜9時過ぎの外食は避けたかった。YMCAの近くは思ったほど人通りが少ない。
店も入りやすい雰囲気のものはほとんどなかったし。
大通りを少しでもそれると、貧民街とまではいかないが、どこかよどんだ空気が流れる。

YMCAってのはキリスト教青年会の運営する格安ホテル。全世界に広まっている。
貧乏旅行者の強い味方!
カウンターでチェックイン。また受付のオバちゃんの英語が速いのなんの。
なんとか大まかに理解。605号室、ゆえに6階へGo!
部屋はキレイとはとっても言えないけど、まあ1泊45ドルで個室だから文句言うほうが贅沢!

…窓が閉まんねえぞ、コラ!!


トイレは共同。てかシャワーもトイレの中。

しかも水しか出ない!
おいおいおい、まいったね。
しかもカーテンで仕切られてるだけだから、開けられたらどうしよ、衣類盗まれたらどないしよ、とかビクビクしながら髪だけ洗う。人生史上最も緊迫したシャワー。ヒッチコックの「サイコ」を思い出す。

YMCAってほんといろんな客が泊まってるから気は抜けない。
そういやエレベーターで何人もの客に「Are you Japanese?」と話しかけられた。
黒人親子と乗り合わせたとき、突然黒人少年が

「Oh,Oh,do you know Japanese TV game?」

やたら興奮しながら話しかけてきた。
「バイオハザードはアメリカで人気かい?」とか言おうと思ったら、調子に乗りすぎのバカ息子(推定20代前半)をママが一喝。
ごめんなさいママン!って感じで小さくなってる息子の姿に内心爆笑。

10時半頃、疲れて就寝。
窓が完全に閉まらなくて隙間風が…。さすがにタオルケット一枚は寒いぞ…。

アメリカ旅行記 ―ミドルタウン編(2002年8月29日)

「ウェズリアン潜入」

mmmmm…、ぼんやりした意識の中、Tomoが慌しく家を出て行く。
まだウェズリアン大学は夏休み中なんだけど、彼は物理学研究室で実験バイトをしているのだ。
朝8時から夕方5時まで。昼に一時間くらい帰ってくるので、昼食にアメリカンマクドナルドに行く予定だった。
にゃむ…、まだまだ眠いので再度眠りに入る。

11時半頃起床。
ルークが出かけるっぽい。大学の図書館で勉強するらしい。
なんか3時からパーティーがあるとかなんとかで、一緒に行かないかとか言っている。
…ていうか、寝起きで頭が回らず英語が全く聴き取れない!!
屈辱的だが、最終手段たる筆談実行(早すぎる最終手段だ)
どうやら、9月から入学してくる新一年生(アメリカの大学は9月から新学期)、あと留学してて戻ってくる人たちへのWelcome Back Partyとやらがあるらしい。
ルークともまともに会話できないのに、他の外国人学生らとコミュニケーションできるのか!?とかなり不安だったが、「チャンスは逃すな!」というこの旅の方針ゆえ、頑張って参加することにした。
ついでにルークに学内を案内してもらうことに。

昼、Tomoが帰宅し、無免許車(しかも借り物)でメリケンマックへ。
ファーストフードとはいえ、初飲食店。
レジはガタイのいい黒人のおっさん。
空港のときもそうだったが、俺はガタイのいい黒人のおっさんと縁がある。
これまた態度が悪い。無愛想すぎる。
てか怖っ(差別的発言とかそんなじゃなく本当に怖い)。
日本の店員はなんと礼儀正しいことか!
メニューはまあ日本と変わらんので、ビッグマックとポテトM、そしてドリンクはLで行ってみた。知ってますか?アメリカにはドリンクのサイズがS、M、L、そして、XLがあるのですね。
Lはプラスチックのコップで日本のLの二倍かな。いや十分XLっすよ…。
セルフサービスだから、なみなみ注ぐ必要はないけど…。
XLは未体験だが2リットルはあるとか。バケツだ。

テイクアウト(アメリカではto go)して、傍のホンダのお店へ。
借り物の車ゆえ返す前にメンテナンスとのこと。
ロビーで「はっはっはっ、まさかXL飲むやつなんておらへんやろ」とか話しながら振り返ると、

KONISHIKIほどのLadyが飲んどるやないか!



その後、Tomoとウェズリアン大学へ。
3時に彼の研究室でルークと会うことにしていた。
それまでヒマゆえ、Tomoのいる理学系館の図書館へ。
暇つぶしにパソコンであれこれ検索。
2時半頃そろそろ戻ろうかなと思ってたら、なんとルークがやってきた。
なんだ同じ図書館にいたのか。
ということでそのままウェルカムパーティーへ。

外国人だらけ。そりゃそうだ。
テーブルの上にサラダやフルーツが 並べられている。バイキング形式らしい。
小さくなりながら細々とフルーツを皿にとる。ルークに何人か友人を紹介される。
まあまず「Nice to meet you!」から始まって、出身国、何を専攻してるのかとか聞くんだけど、英語力のなさからなかなか会話がもたない。
パターンが限られている。

すると…、ルークが一人の茶髪の学生を指差す。
「His name is Taka!」
おお!日本人だ!
さっそく日本語トーク(←こういうのはよくないパターン)
なんかこういう場で日本語トークするのってものすごく妙な感じ。彼もそう言ってたけど。
周りの学生はヨーロッパやアフリカ、アジアの様々な国からやってきているのに、英語で会話しているからね。グローバルスタンダードであることを身をもって実感。
英語へのモチベも上がります。

さてさて、日本人の新入生は4人いるらしい。
そのうちの女の子としばらくトーク。専攻分野とか、アメリカの大学・学生などについて。
これは大変刺激になった。そのほか2人の日本人はストリート感出しまくりの若者だ。
DJ目指してアメリカ来てるって感じですね(ストリート風=DJは安易だな…)
そして面白かったのはTakaくんを除いた日本人3人とも、日本語がおぼつかなくなってるってこと。
英語やりすぎて日本語話忘れたか!?ってくらい、外見は日本人なのにアメリカ人のよう。これは面白い。

時間が経つにつれ、人も増えてきて、どんどん話しかけてくる。
いや、そんな来なくていいから(笑)
韓国、中国、クロアチア、アフリカ(国忘れた)の学生たちと。
まさにアメリカの縮図、というか世界の縮図の中に日本人としているという感覚を覚えた。
人間って全く初めての未知の集団の中に置かれたとき、初めて話した人が例えば同じ出身地だったりすると妙な安心感を覚えるよね。同胞意識というか。
同じ出身地や趣味、共通の友人など何かが「共通」であることを拠り所にする。最初のうちは。
全く共通点のなさそうな人でも、どこか同じ部分を見つけたい。
そこから話が盛り上がって人間関係を築けるから。
まあ、普通は出身地や趣味が一般的なんだけど、このとき初めて自分が「日本人」でTakaくんや他の3人が同じ「日本人」であることをはっきり意識した。
「日本人」だから、「日本語」を話しているから、それだけで安心感を覚えた。
外国人に対してもそう。あるわけないのに、「日本的なもの」をどこか探してしまう。
片言で「コンニチワ」って声かけられただけで、妙に嬉しいし。
容貌、容姿にもどこか共通点を見出そうとする。「黒髪」だけで十分だ。
やっぱどう頑張っても「日本人」としてのフィルターを通してしまうのかね。アメリカに何年か住んで、英語もペラペラになれば変わってくるものなのか。
あとアジアの人たちはやたら固まってました。アジアンコミュニティーみたいな印象。
同じ集団で固まりすぎて安住してしまい、他の集団との接触に関心を向けなくなってしまう、これは「同胞意識」の負の側面だろうか。
思い切って差異の中に自分を投げ込まなければならない。
その難しさを痛感できただけでも、かなり良い経験になった。

4時半くらいまで異文化接触して、ルークに学内を案内してもらうことに。
だいぶルークとの会話にも慣れてきた。
ダラダラ時間かけて長い文考えるよりも、端的に一発の形容詞で表現したほうがいい。極端に言えば。
ほんとは熟慮してひねり出すべきだが、最初のうち慣れるまではこれでいいかなと。
ルークも「Yosukeは昨日よりも格段に英語力が上がってるね」と言ってくれて。うれしい。
雨が降っていたので、アリスが忘れていった傘を相合傘。
そうか、ルークは忘れ物を届けるという大義名分の下に、アリスの部屋へ行くのか。
そうかエロいな。

大図書館やサークル施設(キャンプらみたいなもん)、一般教室などを見て回る。
多分まだまだ一部だろうけど、それほど大きな驚きはなかった。
赤いレンガ調の建物が立ち並ぶ。
広々とした芝生の空間が開放感を与えてくれる。
静かな、牧歌的な空気。(ボストンやニューヨークで衝撃を受けるのだが…)。
建物の屋上で写真を撮ったり。リスが跳ね回ってたねー。
グラウンドでは雨の中泥水にダイブする新入生たちが。

5時半すぎにルークと別れてTomoの研究室へ。まだ物理実験をしていた。
文系にはさっぱり分からん。結構若い教授がやってきて、「Welcome to America!」とフレンドリー。
6時くらいに実験終了。
生協食堂で夕食にしようとしたが、開いておらず結局二日連続自炊なのです。


「新たな来訪者」

夕食は珍味イカ豆腐。意味が分からない。
まず二日前の異臭不思議な臭いのするイカの内臓を取り出した後、輪切りにします。
フライパンで炒め、胡椒、塩、醤油で味付け、しばらくしたらご飯、豆腐を入れます。
豆腐は真面目に立方体に切っても無駄です。
フライパンでかき回してぐちゃぐちゃになるからね。
その後いろいろスパイスを投下してハイ出来上がり!
味は…
イカがわしいイカ味である。

夕食後、日本からもう一人友人が来るということなのでNew Havenの駅まで迎えに行く。
車内は故スキャットマン・ジョン。
日本ではスマッシュヒットしたが、本国ではさっぱりだったスキャットマン・ジョン。
TomoがCDと一緒に歌いだしてうるさい。だが彼の超舌っぷりに舌を巻く。

新たな来訪者の名はカネダくん。
Tomoと高校時代の友人で現在一橋大。
アメフトやってたらしく見るからに体育会系でノリもいい~。バイタリティーあふれる青年だ。
1週間くらいニューヨークにいたらしく、3日後にボストンへ語学研修に行くらしい。
それまでTomo邸滞在。
途中でイエール大学に寄る。これまた圧倒的。
大学をハイソでアカデミックに見せるコツはまず芝だな。まず自然ありき。
実はこのYale大学、わが中世史ゼミの偉大なる名君Tの母校であるのだが、

そんなこと微塵も脳裏をよぎらず。

帰宅後、ネットしたりボストン旅行計画立てたりダラダラ。
カネダから旅のコツとか参考になること色々聞いたり。

明日から一人旅inボストン!
おやすみなさい!


…ルークは明け方まで帰ってこなかった…。

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